イノセント・ピープルの再会 1943-2010

倉橋祐子 (a member of the Cleveland Critics Circle)

畑澤聖悟作、日澤雄介演出の『イノセント・ピープル 〜原爆を作った男たちの65年〜』は、第二次世界大戦中、ニューメキシコ州ロスアラモスでマンハッタン計画の核爆弾を開発にかかわった五人の男たちとその家族の67年にまたがる“歴史”である。その男たちの専門は科学、物理、数学、技術、医学、電気工学とまちまちで、戦後の職もそれそれ違い、住む州もばらばらだ。それでも数年に一度は技術者ブライアン・ウッドのところで集まるのが恒例で、そのうち1963年、1976年、2003年、2010年の再会を扱っている。67年の間、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争と、新しい戦争がおこり、このマンハッタン計画参加者の家族が巻き込まれていく。

稲田美智子がデザインしたセットは、観客に黙示録を想起させる多層階の「荒れ地」を表現、現実と核汚染のメタファーが 交錯。ブライアンの中流階級のロスアラモスの家は、原爆投下後をかんじされるほどの荒廃した空間である。黒ずんだテーブルクロスや黒いレモネードも不気味で、この芝居のテーマを反映している。照明の 榊󠄀美香は、時間の経過、登場人物の心身の状態、さまざまなシーンの雰囲気を強調プロジェクションデザイナーの高橋啓祐は、時代と場所の情報を不穏な方法で映し出し場面の間は放射線を思わせる映像と音響効果が使われている。

衣装デザインの堀口健一は、意図的に歴史的な正確さ (ヒストリカルアキュラシー)にこだわらず、1940年代から2000年代の日本の都会ではやったであろうと思われるドレスやスーツを選んでいる。 ビル・ウッド(池岡亮介)が1976年の独立記念日に着るぶかぶかの、軍服とも制服ともつかない紺色に白線が入った衣装は、海兵隊の礼服のつもりであったとは思えるが、ニューメキシコ州の7月を考えると違和感を感じた。

音響の佐藤こうじは、空間の静寂を大切にし、音楽は時々効果的に使っている。終戦の時の軍隊行進曲は1945年のアメリカの祝賀ムードを際立たせていた。

出演者の演技はいろいろなスタイルと特徴がいりまじり、オーパーアクティングも目立ち、アンサンブルとしてはところどころしっくりいかない場面もあったが、山口馬木也が演じたブライアン・ウッドは説得力があり、この人物の葛藤や自責の念をうまく表現していた。 山口は違う年齢のブライアンを身ぶりや姿勢をかえることによって演じ、三原一太が演じる外向的で浮ついたキース・ジョンソンといいコントラストになる。内田健介が演じる引退した海兵隊士官のグレッグは、ベトナム戦争後も過去の栄光とその当時では通じた人種差別をいつまでも引きずる人間。一番繊細で罪悪感に悩まされる高校教師ジョンを森下亮が熱演。一見お人好しに見えるが暗い過去をもった医師カールは阿岐之将一が演じる。

旧い世界観に振り回される男たちに対抗するのは、配偶者と娘(そして孫娘)といった女性たちである。ブライアンの妻であるジェシカ・ウッドを演じる川田希は、この人物の人類に対する思いやり、平和への希望を強調、広島と長崎に投下された核爆弾の使用を正当化する主流派にチャレンジのできる強い人間を誠実に伝える。ブライアンとジェシカの娘シェリルを演じた川島海荷の演技は堅実で説得力がある。シェリルはアーサー・ミラーの『みんな我が子』にでてくる、父親を責めることばかりにエネルギーを費やすクリス・ケラーを遥かに超えた人物で広島出身の日本人平和活動家と結婚し、広島で人生を築いていく。堤千穂が演じるリンダも最後までジョンを支え続ける。罪の意識やその否定行為に追われ、疲れ果てていく男たちのカウンターポイントとしての女性の存在は大きい。

日米の登場人物の違いや、時代でかわるパワー・ダイナミクスを浮き彫りにするために、日澤雄介は日本人の登場人物に仮面をかぶせるというブレヒト的なアプローチをとり、前半のセリフ「日本人ってみんな同じ顔していて、しかも感情によって表情が変わらない」をビジュアルに表現している。ナバホ族の土地所有権とプロトニウム搾取の問題も含まれ、教育劇としての価値がある作品。

「イノセント・ピープル」の初演は「劇団昴」で2010。2013年にも昴再演。今回のCoRich舞台芸術制作の「リメイク」の舞台でも一人の登場人物に一人の役者を起用しているが、今後は様式的な演出を利用して、複数の役柄を小数人の役者が演じるアンサンブル・アクティング試みも期待できるかもしれない。

核爆弾の製造に関わったアメリカ人を描いているとはいえ、この戯曲は日本のから見たアメリカ人とその人々を操る“システム”(機関)の芝居で、日本人キャストが日本語で演じるからこそ意味があるのだろう。

公演期間:3/16〜3/24, 2024(東京)東京芸術劇シアターウエスト

https://stage.corich.jp/stage/272741

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